介绍： 【文本】

ケイン：ナット・キング・コールが『国境(こっきょう)の南(みなみ)』を歌(うた)っているのが遠くの方(ほう)から聞こえた。もちろんナット・キング・コールはメキシコについて歌(うた)っていたのだ。でもその当時僕にはそんなことはわからなかった。国境の南という言葉にはなんか不思議な響きがあると感じていただけだった。...

介绍： 【文本】

ケイン：ナット・キング・コールが『国境(こっきょう)の南(みなみ)』を歌(うた)っているのが遠くの方(ほう)から聞こえた。もちろんナット・キング・コールはメキシコについて歌(うた)っていたのだ。でもその当時僕にはそんなことはわからなかった。国境の南という言葉にはなんか不思議な響きがあると感じていただけだった。

その曲(きょく)を聴くたびにいつも、国境の南にはいったい何(なに)があるんだろうと思った。目を開けると、島本(しまもと)さんはまだスカートの上(うえ)で指(ゆび)を動(うごか)していた。体(からだ)の奥(おく)の方(ほう)に僕は微かな甘い痒(かゆ)きを感じた。

暁りん：「不思議なんだけれど」 と彼女(かのじょ)は言った。

「どういうわけか子供(こども)がひとりいるところしか想像できないのよ。自分(じぶん)に子供がいるというのはなんとなく想像できるの。私がお母さんで、私の子供がいるんだということが。でもその子供に兄弟がいるというのがうまく想像できないの。その子には兄弟はいないの。ひとりっ子こなの」

パンダ：彼女(かのじょ)は間違(まちが)いなく早熟(そうじゅく)な少女(しょうじょ)であり、間違いなく僕(ぼく)に対(たい)して異性としての好意(こうい)を抱いていた。僕も彼女に対して異性(いせい)としての好意を抱(いだ)いていた。でも僕はそれをいったいどう扱(あつか)えばいいのかわからなかった。島本(しまもと)さんの方(ほう)にだってたぶんわからなかっただろう。彼女は一度(いちど)だけ僕の手を握ったことがある。どこかに案内するときに「こっちに早くいらっしゃいよ」 という風に僕の手を取ったのだ。

手を取りあっていたのは全部(ぜんぶ)で十秒(じゅうびょう)程度(ていど)だったのだけれど、僕にはそれが三十分(さんじゅっぷん)くらいにも感(かん)じられた。そして彼女がその手を放(はな)したとき、僕はそのままもっと手を握(にぎ)っていてほしかったと思った。僕にはわかっていた。彼女はとても自然に僕の手を取ったのだけれど、彼女も本当(ほんとう)は僕の手を握ってみたかったのだということが。

ケイン：そのときの彼女の手の手の感触を僕は今でもはっきりと覚えている。それは僕が知っている他(ほか)のいかなるものの感触とも違っていた。そして僕がそのあとに知(し)ったいかなるものの感触とも違(ちが)っていた。それは十二歳(じゅうにさい)の少女のただの小(ちい)さくて温(あたた)かい手だった。

でもその五本の指(ゆび)と手のひらの中には、そのときの僕が知りたかったものごとや、知らなくてはならなかったものごとがまるでサンプル・ケースみたいに全部(ぜんぶ)ぎっしりと詰(つ)め込まれていた。

彼女は手を取りあうことによって僕にそれを知らせてくれたのだ。そのような場所(ばしょ)がこの現実(げんじつ)の世界(せかい)にちゃんと存在(そんざい)することを。僕はその十秒(じゅうびょう)ほどのあいだ、自分(じぶん)が完璧な小(ちい)さな鳥(とり)になったような気がした。

パンダ：僕は空(そら)を飛んで、風(かぜ)を感じることができた。空(そら)の高みから遠くの風景(ふうけい)を見ることができた。あまりにも遠すぎて、そこに何があるのかまではっきりと見届けることはできなかった。でも僕はそれがそこにあるのだということを感(かん)じた。

ケイン：僕はいつかその場所(ばしょ)に行(い)くことになるだろう。その事実は僕の息(いき)を詰(つ)まらせ、胸(むね)を震(ふる)わせた。