みしみしと力強く。山道を行く旅人のわらじが、地面を踏みしめる。 「今日は何里歩いたろう」。旅人は、ようやく峠にさしかかる。 額にはうっすらと汗が浮き出、団子とかかれた茶屋ののぼり旗が目に飛びこんでくる。ふと顔を上げると、そびえたつ富士の山・・・ 広重の『東海道五十三次』の一場面が鮮やかに目に浮かんでくるよ...
みしみしと力強く。山道を行く旅人のわらじが、地面を踏みしめる。 「今日は何里歩いたろう」。旅人は、ようやく峠にさしかかる。 額にはうっすらと汗が浮き出、団子とかかれた茶屋ののぼり旗が目に飛びこんでくる。ふと顔を上げると、そびえたつ富士の山・・・ 広重の『東海道五十三次』の一場面が鮮やかに目に浮かんでくるような、どこか懐かしい情景。遠音の持つ、独特の世界観がそこにある。 山道を踏みしめる旅人の一歩一歩は、遠音の紡ぐ一音一音に通ずる。 遠音は日本の伝統楽器を使用しながらも、「尺八らしく、筝らしく」聞こえる奏法だけに頼ることなく、音の一つひとつにこだわって創作を続けてきた。 尺八、筝、ギターというシンプルな編成ながら、音の細胞が増殖しているかのようにふくよかさを醸し、あたかもオーケストラ編成までを思わせる広がりをもつのはそれゆえだ。 遠音は、88年の結成後、メンバーの生まれ育った故郷、北海道をテーマに活動を行ってきた。今回のアルバムでは、初めて日本という大きなくくりでイメージを膨らませたという。 「これまで、私たちは北海道をイメージして曲を創ってきましたが、北海道以外の場所に住む、全国各地の方から“懐かしい”という感想をいただくことが多かったんです。私たちのなかでは北海道の原風景であっても、聴く方によって描かれる情景は違う。それでも、なぜか“懐かしい”という感覚は共通なんですね。では、“懐かしい”とはどんな感覚なんだろう? と思ったとき、“知ってる”ではなく、“知ってるような気がする”でもいいのかもしれないと・・・。たとえば、広重の浮世絵を見て、日本人なら誰しも懐かしいと思うわけです。でも、いま生きている我々のなかで、誰もあの風景に身をおいた経験はないし、ましてやあの時代の峠の茶屋でお団子を食べたことはない(笑)。それでも、懐かしいと感じられる記憶が、私たちには備わってるんだと思います」そう、三塚氏はいう。 日本人のDNAにどこかしら組み込まれている、そんな“懐かしさ”。 三塚氏はそれを、実際には体験してはいない、“遠い記憶”と呼んだ。 広重の旅の情景だけでなく、河や森、雪景色や茜雲など、日本の自然から切り取られた懐かしさも、アルバム全編に貫かれている。 上野まゆこ
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